私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少しハンデがありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

『もてなし』は相手だけじゃなく自分にも

今日は朝から曇り空の一日でした。

ちょっと湿度が高いせいかムシムシしましたが、自分一人だと扇風機の風だけでも大丈夫な気温でした。

 

来訪者への『もてなし』はお茶を出すことだけじゃない⁉

昨日は、週に一度の医療の日で、地元の医師が立ち寄ってくれました。

来訪者があると、気になるのが室内の温度です。

昨日は今日より若干気温が低くて、ずっと家にいる私には扇風機の風だけでも十分しのげる感じがしました。

ですが、医師は忙しく動き回っているので、この気温でもたぶん暑いだろうと思い、エアコンのスイッチを入れました。

『もてなし』といえば、『お茶』というのが真っ先に浮かびますが、室内の気温を快適にすることも「もてなしの一つかな」と思います。

 

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私は、来訪者にはお茶を出しているのですが、最近は「 出さなくていい」というような風潮もあります。

私も退院したての頃は、来訪者があってもお茶を出しませんでした。

と言うか、「出せませんでした」の方が正しいですね。笑

ケアマネさんも「お客さんじゃないからね」と言ってくださったので、その言葉に甘えていました。

ですが、退院1年後くらいになると、体力もついてきたので、家事も少しずつできるようになりました。

その頃から「お茶を出す」という「もてなしのリハビリ」を始めたのです。

 

相手を思いやる『もてなし』~三献茶の逸話より~

戦国武将の豊臣秀吉公と石田三成公の出会いに「三献茶」と言う逸話があります。

そのエピソードにちょっと感銘したので書いてみたいと思います。

 

秀吉が、鷹狩りに出かけた帰りに、喉が渇いたとお寺に立ち寄りました。

そのお寺の小姓であった三成は、大きの茶碗でぬるめのお茶を出しました。

それを飲み干した秀吉は、さらに二杯目を要求します。

二杯目は、少し熱めのお茶で、量は一杯目より少なめに出しました。

それを飲み干すと、さらに秀吉は三杯目を要求します。

三杯目は、熱めで少量のお茶を出しました。

この行為が気に入った秀吉は、三成を召し抱えることにしたと言われています。

 

一杯目は、喉が渇いているからすぐ飲めるように「ぬるめで多め」、二杯目三杯目は徐々にお茶の温度と量を変える辺りが、「相手を思いやる気配り」が感じられました。

私もこのエピソードを聞いた時は、できるだけ『相手の状況や心境』に配慮できたらいいなと思いました。

 

*私は白湯と聞きましたが、ネットの数々のエピソードでは「お茶」と書かれています。真偽はわかりませんが、「お茶」に合わせました。

 

『もてなし』は自分にも大事

家の食器棚には、客人用にグラス、カップ、皿などを用意しています。

おそらく、どこの家庭でも、食器棚には同じようなスペースがあると思います。 

音声講座で、やましたひでこさんが話されていた話に、「え?どういうこと?」と頭の中が疑問符になったことがあります。

それは、

「客人には「もてなし」はしますが、自分には「もてなし」をしていますか?」という問いかけでした。

 

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何のことかなと聞いていたら、「自分にはどうでもいい食器や景品でもらったカップを使っていないですか?」という更なる問いかけでした。

「ハハハ~^^; 使っています…まるで見られてるみたい」と思いながら。笑 

いつの頃からか、家族以外の人は『別格』として特別な食器で『もてなす』のが当然になっていました。 

自分も客人と同じように大事にしてあげることが重要みたいです。

この話を聞いてからも、まだいつもの食器(どうでもいいような)は使っていますが、たまには客人用の食器を自分に使うようになりました。笑

自分で自分を「もてなす」こと…「自分を大事にしてる」と思える瞬間です。

 

「三献茶」 のストーリーは、「相手を思いやる」という気配りが感じられて、素晴らしいなと思います。 

と同時に、「自分も思いやること」も忘れないようにしようとも思いました。 

ついつい自分のことは粗末に扱ってしまいがちですが、相手にするのと同じように、自分にも『もてなすこと』が大事なんですね。(^^♪