私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少しハンデがありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

マラソン小休憩~背負い込まない介護~

前回から、『50音マラソン』の『さ』行に入りましたが、いきなり今日は一休み。笑

今回は、昨日の出来事のことをちょっと書いてみたいと思います。

 

昨日は、また母の施設に行ってきました。

月に一度は面会に行ってるのですが、毎回行く前になると、母の認知症の進み具合が気になります。 

心配したって、どうしようもない… それは充分わかっているんだけど、不安がふとよぎってしまうのです。 

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母がいる階のエレベーターが開くと、その気配に気付いた介護師さんが、「来てくれはったよ」と、母に私が来たことを知らせて下さいます。

母は、数人とエレベーター付近にあるイスに座っているんですが、その場所からはエレベーターが死角になって見えないのです。

母は私の顔を見るなり、私の名前を呼び、「来てくれたんやね」とニッコリ笑ってくれたので、一気に不安の緊張がとけました。 私のこと、覚えてくれてたんだ…

 

「元気そうで安心したよ」と雑談をしていると、 亡き父の話題になって、「(父の)名前は覚えてる?」と訊くと、すぐさま自分の父親(私にとっては祖父)の名前を言ったんです!笑 それは、しっかり覚えてるんですね… 

訊き方を変えて、「私の父親、要するに(母の)旦那さんの名前は?」と言うと、「結婚してないから…」という始末…^^;

ならば、私はどうやって生まれたんでしょうか…?笑 昔(母の独身時代)の記憶にどんどん遡っている感じがしましたね。

よくドラマなんかで、登場人物の人間関係が理解できるように『人物相関図』というのがありますが、私たちは自然にそれができているから社会生活ができるんですよね。

ですが、認知症になると、それができなくなる…

母だけではなく、高齢社会になった現代は、こんな人たちがたくさんおられます。

平均寿命が延びたとはいえ、健康で自分のことができる高齢者は、はたしてどれくらいの人数なんだろう…?

 

親は大事、されど自分も大事に…

先日友人に、彼女のお母さんの具合を尋ねてみました。ガンが再発したと聞いていたので。

友人の実家は大阪なのですが、嫁ぎ先が関東なので、ときどきご両親の様子が気になって帰省しているようなのです。

彼女も私と同じで子供がいないから、親のことが気になるのかもしれません。

友人のメールによると、彼女が帰省する前日にお父さんが脳梗塞で倒れられて、警察に発見されたそうです。

お父さんは入院中だそうですが、 彼女はもっと早く帰省していればよかったと自分を責め、父を自宅に帰らせてやる、それが私の使命だとも書いていました。

これを読んだ私は、こんな感情が、自分を苦しめることになると思ったので、「罪悪感を感じたり、使命感を持ったりすることなんて、一切ないよ。神様は、(彼女の)頑張りを見てくれてはるし、うまくいくように取り計らってくれはるからね。だから、自分にできることを淡々としたらいいと思うよ。」と返信しました。

それが先月のことだったから、あれからどうなってるだろう‥

生死は、誰にもどうすることもできない…

 

私の『介護の卒業』は、立て続けに起こった

私の母が施設に入ったのが、2017年の4月でした。

そのちょうど一か月前の3月には、愛犬を亡くしました。

母は81歳、愛犬は19歳とどちらも高齢で、介護が必要になっていました。 

当時の母は認知症が始まったばかりで、兄夫婦と私たち夫婦が交互に、母の生活をサポートしていました。(食事、洗濯、薬の用意…etc.)

私の場合は、自分が不自由だから、主人にだいぶ負担をかけましたね…

それに、愛犬も認知症になっていたようで、私たちを認識できなかったようでした。

亡くなる前の1ヶ月間は、愛犬のそばで一緒に寝ていましたね…

この二つの出来事の意味は、その時はわかりませんでしたが、後になってからふと気づいたんです。これが『介護の卒業』だったんだと。

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母が施設に入ってからは、もう母の生活を気にすることはなくなりました。

今の私にできることはただ一つ、母の『健康と幸せ』を毎日祈ることだけです。 

昨日も母のニッコリしたり笑顔を見て、とても癒されました。笑顔っていいものですね(^^♪ 

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