私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少しハンデがありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

『50音マラソン』『ま』~『学び』は続くよ、永遠に~

今回から『50音マラソン』は、『ま行』に入りました。

まずは先頭かな文字『ま』です。

思い浮かんだのは、『学ぶ』という言葉です。

今回は、その言葉にスポットを当てて書いてみたいと思います。

 

私の学生時代の『学び』は『短距離型』でした。

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『学び』と聞くと『勉強』、 そして『学校』と言うように連想しがちだと思います。

特に10代は、自分が学んできた成果を発揮する機会が何度かありますよね。

中間テスト、期末テスト、それに受験…

私は、中間テスト、期末テストで、一夜漬けの詰め込み知識は何度か経験しました。笑 完全に『短期決戦型』でしたね 。

それは何のためだったのか…? 紛れもなく点数を取るためでした。 

その頃の私は、テストが終わると、全力を出し切ったからか、脱力感でいっぱいでした。だから、学期末にもらう通知表は良いほうでした。

学校の先生には、そこそこ点数を取れてるから良い評価をもらえたんですが、 それは『付け焼刃の知識』であると、自分が一番よく分かっていました。

自分だけは、ごまかせないのです。だからいつも自信がありませんでした。

言うまでもなく、勉強は『長期のじっくり型』の方が、確実に自分の身になるということですね。 ^^;

 

大人になってからの『学び』って⁉

学生時代の『学び』と、大人になってからの『学び』は違うなと感じています。

上に書いたように、学生時代の『学び』は、点数を取るのが目的で、『広く浅く』のイメージが強いのですが、大人になっての『学び』は、『狭く深く』という感じがしています。

好きだから、知りたいからという欲求で、学ぼうとするんでしょうね。

だから身につきやすいと思います。

かといって、学生時代の『広く浅く』学ぶことは無駄か?と言うと、そうでもない気がします。

自分が一番興味が湧くのは何だろう?と知るには、いろんな教科を勉強した方が、向いてる分野がわかるんじゃないかなと思うんです。

そういう意味で、学生時代に『広く浅く』学ぶことは無駄ではないと思います。

 

学校で勉強する事は「無駄だ」という人もいますが、そういう人は、実際やってみた結果論として、「無駄だと分かった」と言っていると思います。

ですが、経験していない人にとっては、「あの時、勉強しておけばよかった」と後悔することもあるんです。

何がよかったかと感じるのは、人によって違いますものね…

 

戦時中、学校に行けなかった人が、年老いてから、若い人に混じって夜間学校で勉強しているという話を聞いたことがあります。

たぶん、勉強したかったのにできなかった社会情勢や家庭環境があったんでしょうね。

この話から、『勉強』に年齢は関係ないというのはもちろんのこと、『勇気』や『諦めないこと』も学びました。

 

『天才』と呼ばれる理由って⁉

偉人の一人で、音楽家の『モーツァルト』といえば、 有名ですよね。

3歳の頃からピアノが弾けて、天才だったと習いました。

昔は、「すごい!神的な才能なんだな~」と特別な存在のように思っていました。 

ところが、 YouTube でスピリチュアルな人の話を聞いて、この理由がガッテン!できたのです。

それは、「モーツァルトは、何世も過去生でピアノを弾いていたから、今世はすぐにできるです」と。

なんであんな素晴らしい曲が弾けるんだろう…ずっと不思議に思っていましたが、その才能は幾世にも渡って過去生からずっと磨いてきた賜物だったんだ…と腑に落ちた瞬間でした。

つまり、いきなり今世で天才になったわけじゃなく、過去生で培ってきたものが、今世で花を咲かせたということなんでしょうね… 

 

『学び』は『来世』のためにも…

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それから、スピリチュアルな人は、こんなことも話されていました。

高齢になってから英語を勉強し始めた人に、その理由を尋ねると、「来世、楽でしょ」と答えられたそうです。

『魂は永遠』の観点から、『学ぶ』ということを捉えてみると、遅いも早いも関係ないんだなと分かります。

とにかく、今、できることを精一杯する。それが、来世をより良くすることに繋がるんだと思わせてくれるお話でした。(^^♪

 

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