私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少し障害がありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

「頼る」のは当然だけど「頼りすぎない」ことが大事ではと思ったこと

今日は、朝から雨が降っていたのですが、午後からは晴れたり曇ったり、また雨が降ったりと天気がコロコロ変わる一日でした。
気温は、この時期にしては暖かで、今年は過ごしやすいなと思います。
昨日のニュースでは、セミ!が鳴いているところもあるらしく、前回のブログにも書きましたが『さくら』が開花してるところもあるそうで、何か全体的に気象がおかくなっているのでしょうね。

さて、今日は私のリハビリの日でした。
リハビリの先生は、私より少しお若いのですが、右肩に激痛が走り、整形医に診てもらったら、その骨の一部が石灰化していたのだとか…
普通は吸収されるらしいのですが、加齢によって吸収されなくなって痛むらしいのです。
なので、痛む原因が「加齢によるものだ」と医師から言われたと苦笑いしておられました。
私は今のところ、肩、腰、膝などの関節部分は痛みがないのですが、「加齢」が原因ならば、私も人ごとではないなと思いました。

今は、痛みがずいぶん改善されたようですが、ピークの時は「思うように使えず大変だった」と言っておられました。
そして、ご自分の右手が不自由な時に、すぐに私の事を思い浮かんだそうです。

私は、もともとは右ききで、今は利き手交換をして左手がメインになっているのですが、健常な時に、おもしろ半分で左手を使っていたせいか、右手が不自由な現状でも、そんなに苦痛に感じていないのです。
中でも、ガラケーメールは、ずっと左手打ちをしていたので、右手が不自由になっても、全くストレスを感じませんでした。
まさか自分が右手が不自由になるとは予想外の事でしたが、健常な時に左手も少し使っていたので、そんなに辛くなかったのかもしれません。
もし、右手オンリーだったら、利き手交換はかなり苦痛だったことでしょう。


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いつも立ち寄ってくれる地元の医師は、もともとは左ききだったそうです。
でも、子供の頃、親に強制的に右ききにされたと聞きました。
当時は、大多数の人に合わせる事が当然であり、無難であったのだと思います。
そして、当時も右きき社会だから、それに合わせた方が「生きやすい」という親心があったのだろうと思います。
今は、左きき用のグッズも出てきていますし、それに左ききを個性として受け入れられてきているなとも感じます。

そんなわけで、医師は、今は右ききであるけども、左手も普通に使え、つまりは両手が使えるわけで「便利だよ」と言われていました。
医師が学生時代、テストで、右手にえんぴつ、間違ったら左手で消しゴ厶というように両手を使っていたらしいです。
それが当然だと思っていたらしいのですが、ある時「他の人(右きき)は、えんぴつと消しゴムを使う時は、どちらも右手に持ち直して使っていたんだ」と知ったそうです。
自分にとっては当然なことでも、他の人にとってはそうではないということなのでしょうね。
医師と雑談をしていると、時々そんな話もされるので、「面白い視点だな」と興味深く聞いています。

右ききと左ききの話を書きましたが、皆それぞれ利き手はあると思います。
利き手でない手も、少し意識して使うことで慣れてきますし、私のように突然、利き手が不自由になっても「もう片手があるから大丈夫」という気持ちにもなれます。
利き手に頼ることは当然ですが、頼りすぎないというのも大事かなと思います。
それは、『手』に限らずどんなことにも言えるのではないかなと思います。

明日は土曜日! 行楽日和になると良いですね♪