私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少しハンデがありますが、色々とチャレンジしていきたいです!

人生は今ある幸せに気づく旅〜名前の通りに生きる〜

今日から新しい月、9月が始まりました。
今朝は雨の音で目覚めましたが、気分新たにスタートしたいですね〜^^

 


8月は、全国高校野球大会がありました。
テレビ画面に、守備、打者の選手の名前が表示されるのですが、その名前の漢字が難しくてスッと読めないのです。
苗字は読めても、名前が難しい…

例えば、「山田太郎」という名前だと、誰でも読めますよね。
でも、今は、「山田汰浪」と書くみたいな感じなのです。
「汰浪」は、ネットで調べて出てきた漢字なのですが、この漢字を「たろう」とはスンナリ読めないですよね…^^;
簡単なことを難しくして…とも解釈できますが、それが他者とは違う個性とも捉えられるんじゃないか?とも思います。


だいたい、名前の漢字をみたら、世代がわかりますよね。

女性に限って言えばー
私の母世代(80代)は、語尾に「の、乃」がつく名前が多いです。

そして、私世代になると、語尾に「子」がつく名前が多くなりました。
たまに、「〇美」とか「〇恵」の名前の同級生がいると、ハイカラな名前だな〜と当時羨ましく思ってました。^^;
ちなみに、私の名前も、語尾に「子」がつきます。

そして、現代の子の名前なんですが、
私に子供がいないので、最近は、どんな漢字を使った名前か知らないのですが、高校野球の選手名を見て、初めて知りました。


名前というのは、「命名」とも言われますから、生れてから死ぬまで一生を共にする、大切な自分の呼び名ですよね。
そして、書類に必ずと言っていいほど書くのが、「名前」です。
学生時代のテストの答案用紙も、必ず名前を書きましたよね。
そう考えると、名前は、一生のうちで、どれくらい書いているんでしょうね…?


私も今の身体になってからも、書類に自分の名前を書くことが多いですね。
最近は、ハンコはいらないから「自署で」と言われることが多いので、手書きすることが多いです。

そうそう、私が左手書きになってから「良かったな」と思うことが一つあります。
それは、私の名前が「画数の少ない漢字」であることです。
これがもし画数の多い名前なら、またストレスになっていたでしょうから、その点は感謝ですね〜^^


名前の画数のことなんですがー

私が20代の頃、京都の哲学の道という小道を友人たちと散策していたときの話です。
ちょうど、桜が満開の季節で、お花見しながらブラブラしていたら、小道の端に小さく構えている占い師さんに出くわしました。

その頃、京都にも、「〇〇の母」と言われるような、有名どころの占い師さんがいた(今は知りません)のです。
そうなると、行列してまで観てもらおうとする人が多かったです。
例に漏れず、私も「河原町の母」に鑑定してもらいましたけどね…^^;


哲学の道の占い師さんは、ぜんぜん有名ではなかったけど、すごく興味が湧いて、観てもらうことにしました。
お客さんがいなくて、すぐに観てもらえるというのもありましたけど。

そこで、私の姓名を書いて鑑定してもらうと、「名前の画数が良くないから、この名前にした方がいいよ」と紙に書いて渡されました。
ひらがな混じりの三文字の名前…
「戸籍名は変えられないから、ペンネームみたいに使うといいよ」と言われました。
でも、その三文字の名前に違和感があって使うことはなかったですが、私の名前の画数が良くないという言葉は、ずっと引っかかっていました。


私の名前をつけた由来を母から聞いたことがあるんですが、「近くに気立てがいい娘さんがいて、その名前の響きがかわいいからつけたんよ、『さっちゃん』てね。」と言ってました。
だから、画数なんて、考えもしなかったんでしょうね。^^;
兄の命名は、「宮司さん」と聞いていたんで、「私の名前は適当だったのか…」とちょっとガッカリしたのを覚えています。

 


カミングアウト?(笑)になりますが、私の名前は、「幸子(さちこ)」と言います。
昔は、自分の名前が好きではありませんでした。
クラスに必ず同じ名前の子がいたんで、「ありきたりな名前」と不満に思っていました。

嫁いで相手の姓になれば、総画数も変わりますが、私の場合は、夫に養子に入ってもらったので、一生、総画数は変わりません。

結婚してからも入退院することが多く、挙句の果てには、脳出血までして障害者になってしまいました。

あの占い師さんに言われた通り、「画数が悪いからかな…?」と思って、障害者になってから、名前の漢字を「ひらがな」にしていたことがあるんです。たった一ヶ月ほどでしたけどね。^^;
でも、なんかしっくり来ませんでした。

 

そんな時、私が昔からお世話になっているスピリチュアルな方が、私と同じ名前の漢字だと知ったのです!(読み方は違いますけど)
そして、ご自分の名前を大切にされてるなと伝わって来たのです。


それから思い直しました。
確かに、私が脳出血で、不自由になった事実は、不幸かもしれない。
でも、きっとこの身体でないと、できないことがあったから、もう一度生かされたんだ。不幸どころかラッキーじゃないか。
もう名前の画数のせいにするのはやめよう。
名前は命名なのだから、大事にしよう。

そんな風に思いました。
今は自分の名前が好きです。というか、好きになりました。^^


電話の相手から、私の名前の漢字を訊かれると、「幸せな子と書きます」と答えます。
そう、人から自分の名前の漢字を訊かれるたびに、「私って、本当は幸せな子なんだよな…」とジワジワ思えるようになってきたのです。
それは、やっぱり、この身体になってからですね。
昔(健常な時)は、平凡でありきたりな名前だし、ぜんぜん好きじゃなかったのに。

 


今では、名前の通り、幸せになるぞ!と思っていますが、でもでも、実は、もう十分幸せなんだと思うのです。
これからの人生は、幸せを探すのではなく、自分が持ってる幸せに、どれだけ気づいていくかを見つける旅だと思っています。(^^♪

 

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