私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少し障害がありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

母の「治療しないこと」を選ぶことは「尊厳死」に繋がるのでは…と思ったこと

昨日は、私の注射の日で、地元の医師が立ち寄ってくれました。
医師は、私の兄と同級で、保育所までは同じだったそうです。
私は、毎週注射を受けなければならないので、今は兄より医師と会う方が、だんぜん多いです。…笑
医師とは、時事に関する話題が多く、それに疎い私は、医師から教わる事が多く勉強になります。

昨日は、母の血液検査データを持って来てくださり、説明を受けました。
以前、ブログにも書きましたが、医師は母の施設の委託医もされていて、週に2回、施設へ診察に行かれるようです。
そういうわけで、私も母も同じ医師に診てもらっているので、私の往診に来られた時に、施設での母の様子や健康状態を聞くことができるのです。

この春に、母の施設で健康診断があって、その検査データに、受診を勧めるコメントが書かれていました。
私の往診時に、医師にそのデータを見せたところ、「少し鉄欠乏性貧血なので、しばらく鉄剤の薬を服用してもらう」とのことでした。
そして、半年経った今月、再度血液検査をしてみたら、鉄欠乏性貧血は少し改善されているものの、まだ低いので、もうしばらく鉄剤の服用をすることになりました。
母の年齢(84歳)で、「鉄欠乏性貧血」で疑われることは、高齢の為に鉄の吸収が衰えていること、そして、どこかで微量に出血している可能性があるとのことでした。
その原因を究明するには、やはり検査しなければいけないらしく、母の年齢や認知症のことなども考慮して、「検査をしないほうがいいのではないか」と医師より提案されました。


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私の父は、7年前、胃がん手術後に、誤嚥が原因で亡くなりました。80歳でした。
父の晩年は、心臓や大腿骨の手術歴もありましたが、「生きたい」という強い思いと、まだ年齢的に体力があったので、辛い手術も耐えることができたと思います。
でも、胃がん手術は、年齢的にも辛かったのでしょう、「ももええ…」と首を振りながら呟いていたのを覚えています。

手術は、治療とはいえ、人工的に傷を作ることなので、回復するには体力が入ります。
そして、父のような高齢者が手術を受けると、麻酔による「せん妄」や、飲食による「誤嚥」のように、直接病気と関係ないことで命を落とす場合もあるのです。
私は、父の事を思うと、手術が最善だったとは思えないのです…

父の事もあり、私は、母にはもう辛い検査や手術を受けさせてあげたくないと思っています。
なので、医師が提案した「検査をしないほうがいいのではないか」という意見に賛同です。
母には、穏やかな老後で最期を迎えさせてあげたいと思うからです。

一昔前は、「治療しないこと」を選ぶことは、「見殺し」とか「罪悪感」という意識が強く「家族として冷たいのではないか?」という考えがあったと思います。
でも今は、高齢化が進み、あえて『治療しないこと』を選択肢とする考えが出てきています。
命あるものは必ず最期を迎える… 「いかに、その人らしく人生の幕引きができるか?」という考えが『尊厳死』に繋がり、それを手助けすることが家族の役目ではないかなと思っています。

明日は、私のリハビリの日であり、先生に母の施設へ送迎してもらい、一人で面会してきます。
もう一ヶ月経つのか… 早いですね〜