私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少し障害がありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

外に惑わされないで、自分の本音を大事に生きてみる

昨日は午後から、生協の配達と、地元の医師の往診(注射をしてもらうだけ)の日でした。
生協は、早々と『冬のギフト』カタログもついていて、「もうそういう季節がやって来たんだな」と思いながらも現実は、まだ七分袖の衣料が重宝する中途半端な季節なのですが…
でも、この中途半端な季節が、体感的には過ごしやすく感じます。

この時期から12月というのは、何か気分的に「まだ目標が達成できてない」とか、「コレを片付けなければ」とか妙な焦りを感じてしまいます。
こういう風に自分を奮起させることも大事ですが、それをあまり意識しすぎると、よけいにストレスを感じて前に進めなくなってしまうのですよね…
頑張る時リラックスする時のバランスがうまくとれたら、この悩みは解消できるのかなと思いますが。それに「何とかなるさ」という、ゆるい気持ちでいることが大事ですね。

私は、長期入院で、年をまたいだ事が一度あります。
入院中なのだから、よけいな事を考えずに、身体を治すことに専念すればいいだけなのに、気分的に12月になると、何か焦る気持ちになりました。
別に誰に急かされているわけでもなく、自分が勝手に追い込んでいるだけなのですが…
これは、自分が育ってきた環境、社会が大きく影響してるのかもしれませんね。

子供の頃「ジングルベル」の歌を聞いて、私としては「楽しい曲」だったのですが、亡父は「この曲を聞くと気忙しい」と言っていました。その時は、子供と大人では、感じ方が違うのだなと思いました。
でも自分が大人になってみたら、父の気持ちがわかるな…というよりは、むしろ自分も親に染まってしまっているとも感じました。

大人になるほど、子供の頃に持っていた楽しむとか喜ぶという、素直な気持ちの反応に鈍くなってしまうのかもしれません。
「建前」とか「体裁」などの『気持ちの鎧』をつけて、大人社会にまみれてしまうのでしょうか…


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ある方が話されていた動画が印象的でした。
「飲み会で、あなたは「ワイン」を飲みたいとします。皆が「ビール」と口々に言っていく中で、あなたは「ワイン」と言えますか? つい皆につられて「ビール」と言ってしまいませんか?」と。
よくありがちなケースですが、その方はこう続けておられました。
「こんな小さな事だけど、これがとても大事。こんな些細な事で、はっきり「YES NO」が言えないと、大きな問題に直面しても決断できない」というような事を語られていました。

「つい人に合わせてしまう」それは、日本人によくありがちだと思います。
人に合わせることは大事ですが、自分の本心を抑え込んだら、自分を見失ってしまうと思います…
なので、私が考える協調とは、自分の本心を主張しつつ、人とうまく合わせていく事かなと思いました。
まだ「私はできている」と胸をはって言えないですが、昔よりはできてるんじゃないかな?と思っています。

生協の「冬ギフト」の話から、かなり流れてしまいました。…笑