私のチャレンジ日記

脳出血の後遺症で少しハンデがありますが、色々とチャレンジしていきたいです。

母の特養ホームへ行ったこと

今日は、私の自宅訪問リハビリの日でした。
月に2回、隔週の金曜日に来てもらっています。
その内の一度だけリハビリの先生に車で送迎をお願いして、特別養護老人ホームに入所している母を訪問しています。 
私の母は、アルツハイマー型認知症で、約1年半ほどこのホームでお世話になっています。
今日がその施設の母を訪問する日でした。

先生は、私のリハビリの前に、他の人のリハビリに行くために私の自宅近くを車で通られるので、その時に寄ってもらって、私と歩行器を車に乗せてもらい、施設まで連れて行ってもらいます。
先生は約一時間ほど他でリハビリをされてきて、帰りは施設に寄ってもらって私を車に乗せ、そのまま私の自宅でリハビリをしてもらっています。
つまり、先生が他でリハビリをされている約一時間ほどが、私が母に会える時間です。

アルツハイマー型認知症は、記憶がどんどん消えていく病気で、今日も母は同じ質問を何度もして、私も同じ事を何度も答えました。
母は、自分の両親(私にとっては祖父母)や兄達(伯父達)がもうすでに他界している事実を記憶していないようで、私がその事を伝えると初めて知ったかのように驚いていました。
これは、毎回のことなので、もう慣れっこになっています。

初めの頃は、何度も訊かれるとちょっとイライラしましたが、最近は、淡々と答えられるようになってきました。
記憶できない病気なのだから、怒ったって仕方ないし、それに私も脳出血した後、軽い記憶障害を経験したので、その状態が理解できるところがあるのです。
同じ事を何度も答える…何か修行の一種みたいだなと思っています(笑)

いつもの母は、皆と一緒に広間のイスに座っているのですが、今日は一昨日から熱があったらしく、ベッドで寝ていました。
私が枕元行った時はよく眠っていましたが、声をかけると驚いたように目を覚ましました。
看護師さんや介護師さんが母の様態を説明してくれ、その時に熱を測ってもらったら、平熱でしたし、食欲もあるようなので、ひとまず安心しました。



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施設へは、徒歩や自転車でも行ける距離ですが、私は脳出血の後遺症で障害を負ってしまったので、健常者が難なく行ける距離でも、私にとっては遠くて困難な距離です。

今から5年前の2013年、私は特発性血小板減少性紫斑病の悪化によって、右小脳が出血し、右側が少し不自由になりました。
小脳は、運動やバランス機能を司っているらしく、平らな室内は、手すりや何かに掴まっていれば歩行できますが、屋外は、意外とデコボコして怖いので、人の介助や歩行器が必須となり、まだ一人で外出したことはありません。

小脳出血の後遺症をわかりやすく例えると、まるで小舟に乗っているような少しグラグラする感じ、そしてちょっと酔っぱらいの人のような感じ…でしょうか。

入院中、最初の頃は、ベッド上でもフワフワした感じがして、気持ち悪くなって吐いたりしていました。
「こんな状態なのに、はたして普通に生活ができるのだろうか…」と不安でいっぱいでしたが、身体というもの
は、時間と共に順応してくるものですね。
今もバランスが取りづらいなどがありますが、その状態に慣れたといいますか、家事はほとんどできるようになりました。
その陰には、主人が物を運んでくれたり、ちょっとしたことを手助けしてくれているので、ホントにありがたいです。
そして、外出する時も主人、リハビリの先生、そして友人にも助けてもらって、できています。
この身体になって、人に助けてもらう事のありがたさを痛感しています。

ひと昔前の私なら、こんな身体の状態の自分を嘆き、運命を呪っていた事でしょう。
でも、今の私は、この身体になったからこそわかった事、気づいた事があるので、不幸だとは思っていません。
そして、少しずつですが「考え方」を前向きに変えていきました。

これからも、たとえ小さな事であれ「やった~!」という感動を積み重ねて、自信に繋げていきたいと思っています☆彡